不登校の理由がわからないというのは意外とよくあることだったりします。
世間的なイメージでは不登校には何かしらのきっかけや理由があるように思われるでしょう。
もちろんきっかけや理由がはっきりしていることも多いですが、実は理由がわからないというのも大変多いです。
令和2年の12月の不登校の中学生を対象にした調査では、22.9%の子どもが「きっかけが何か自分でもよくわからない」と回答しています。
これは回答が20項目あるうちで6番目に多い回答となっています。
不登校の理由は複合的な場合も
先ほどご紹介した調査は複数回答してもいいという条件の調査でした。
ですから、「きっかけが何か自分でもよくわからない」と答えた子どもでも、他に何かしらのきっかけがあったかもしれません。
例えば朝起きれないとか、勉強が嫌だとか、友達関係で嫌なことがあったとか様々だろうと思われます。
そういったきっかけがいくつかあるにも関わらず「きっかけが何か自分でもよくわからない」という項目にもチェックしているということは、不登校の決定打となったものが特定できないという風にも取れます。
きっかけかなと思えることはいくつかあるけれど、その一つ一つのきっかけはそれほど深刻ではない。
それなのにもう学校に行きたくないと思う。
なぜそう思うのかは自分でもよくわからない。
そんなところではないかと思われます。
一つ一つは確かに深刻ではないかもしれませんが、些細な問題がジャブのように徐々に効いてくることがあります。
足腰がフラフラしながら学校に通い続け疲れてしまったのかもしれません。
「学校に行きたくないから」という理由
本当に特にきっかけが全くわからないという場合もあるでしょう。
親御さんはもちろん、子ども自身もなぜ学校に行きたくないのかがよくわからない。
親や先生から再三にわたって「なぜ学校に行きたくないの?」と聞かれても、その理由として「学校に行きたくないから」としか答えられない子どももいます。
それは直感的で感覚的な気持ちです。
学校に通い出してすぐにそういう気持ちが沸き起こってきて学校に行かなくなるケースもあれば、学校に通ううちにじわじわとそういった気持ちが沸き起こってくるケースもあります。
それは思春期特有の不安定な気の迷いの場合もあるでしょう。
ただ自分自身の分析ができていないということかもしれません。
そういった成長途中の未熟さによるケースも多分にあると思われます。
ただ、直感というのはかなり正確に本質を突く場合があります。
学校自体が合わない
直感とは自分の持てる知識や感覚の総合判断から瞬時に導き出されるものです。
直感とか感覚とか言うと、まるでスピリチュアルのような曖昧なものだととらえる方もいますが決してそれだけでもないのです。
自分にとってかなり正確な判断が下されていることが多いです。
直感に従ったことのある人なら誰でもわかっていることではないでしょうか。
そんな直感に従う時、「学校に行きたくないから」というのは立派な理由になりえます。
つまり学校自体が合わないという子どももいるということです。
そもそも残念ながら学校は、子どもたちが元々持ち合わせている自由な性質とは相反する場所になってしまっているのが現状です。
行きたくないと感じる子どもがいるのも当然と言えば当然でしょう。
この場合、フリースクールや塾などの学校以外の選択肢を考えてもいいかもしれません。
不登校の理由がどうしてもわからない時は
不登校の理由がわからないという時、ここまでにご説明してきた以外にも色々なケースが考えられるでしょう。
まず問題が起こった時はその原因を突き止めてその改善を目指すのが正攻法とも言えるので、理由を追求することは大切です。
しかし、それでもどうしても理由がはっきりしないという時は発想を変えてみるといいでしょう。
具体的にはもう理由の追及をやめます。
理由の追及をやめ、今したいことをします。
まず寝たいという人は思う存分寝ればいいですが、生理的な欲求を十分満たした後はできるだけクリエイティブなことをします。
好きなこととか、これまで我慢していたことをするのです。
絵を描くとか本を読むとか、プラモデルを組み立てるとか、写真を撮りに行くとか、釣りに行くとか、スケボーをするとか、野球観戦に行くとか何でもいいです。
これまで夢中になって楽しんだ経験があるものや、したことがないけれど一度してみたかったことをします。
苦しむお子さんや親御さんのためにあえてここで言わせていただきます。
恐らく不登校の理由はそれです。
したいことをしていなかったということです。
心から楽しんでいなかった、心から笑っていなかったということです。
ぜひ騙されたと思ってしたいことをしてみてください。
そこから始まっていきます。
